ゴスペル大好き 勝利者の新歌

聖歌 5



5 勝利者の新歌
1、ホザナの栄光を求めしわれら
  迎えよや新たなる栄えの生命を
  約されし御旨をわれらは成して
※(くりかえし)
  自由と幸の歌、喜び歌い
  自由と幸の歌、喜び歌おう
2、暗き闇夜を切り開き
  輝く朝は来た新しき夜明けが
  鳴らせ高らかに平和の鐘を ※


3、新しき生命受けしわれら
  誇りていざ歌え新しき歌を
  選び給う御業を讃えよ高く 
              ※
4、創りし主の御旨尋ねしわれら
  天なる美と愛、輝かさん
  和動の花園をわれらは求め
              ※


聖歌 第一部 5番「勝利者の新歌」

 私たちの聖歌の中で一番古い曲といえば、聖歌5番「勝利者の新歌」です。

 この歌がお父様(文鮮明先生)によって作詞されたのは1947年のことで、その一年前にお父様は神の啓示によって平壌(ピョンヤン)に行かれ、伝道を始めておられました。

 当時、南下する人はいても、南から北へやって来る人は珍しく、牧師からのねたみに当局からのスパイ容疑も重なって1946年8月11日に捕らえられ、100日に及ぶ入獄、拷問を受けられたのです。

 この獄中で、神が用意されたキリスト教の代表としての腹中派との出会いがあったのですが、中心人物が悟ることができずに、摂理は失敗してしまいました。
 2000年間の殉教の歴史のすえに準備された基台が崩れた、神の悲しみの日(9月18日)でした。

 その中心人物は獄死し、お父様は筆舌に尽くし難い拷問のすえ、半死の状態で釈放されたと伝えられています。
 「出ると、途端に喀血(かっけつ)したね。血を吐きながら霊界の援助で起き上がっていった」とお父様ご自身が語られています。そして弟子たちが止めるのも聞かず、そのお体で激しく説教し、断食しながら新しい来教者のために尽くされました。

 そのような命懸けの伝道の日々が続く1947年に、この「勝利者の新歌」が作られたのです。
 その翌年には“生きながらの死刑”といわれる興南(フンナム)収容所に行かれたことを思うと、この歌を作られた時のお父様は、明日はどうなるか分からない悲惨な状況におられました。けれども、そんな困難な時期に作られたのに、歌詞には暗さの影もありません。

 「勝利者の新歌」の名前のとおり、原文の歌詞には、新栄光、新生命など、「新」という字の付いた言葉が10数回も出てきます。これは古い世界とは全く関係のない、神を中心とした新秩序の世界を意味します。

 題にも使われている「勝利者」という言葉をしみじみと考えてみます。お父様の勝利は目に見えるものからは始まりませんでした。全ての基台が失われたどん底の中で、ただ一人祈り、神を慰めていかれた、その一人のかたの心に既に勝利があった故に、時を経てそれが実りとなっていくのです。

 歴史に刻まれたお父様の、その心情の宝は、聖歌5番「勝利者の新歌」を歌う時、常に私たちと共にあります。
(参照:『聖歌のめぐみ』)



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