ゴスペル大好き 主よ来たりませ

聖歌 36 主よ来たりませ



36 主よ来たりませ 
作詞: Jai Bong Dak 作曲: Jai Hoon Pak 

1、主よ来たれ、来たりませ
  わが心に来たりませ
  汚れし罪深きわが心に主よ来たれ
  火なる主よとく来たり、罪を清め給え
  おおわが主、願わくは
来たりませ、わが胸に
2、主よ来たれ、来たりませ
  わが祭壇に来たりませ
  暗き闇に隠れたる祭壇に、主よ来たれ
  光なる主よ来たり、我等を生かし給え
  おおわが主、願がわくは
  来たりませ、わが民に
3、主よ来たれ、来たりませ
  この世にも来たりませ
  罪深く滅びゆくこの世にも、
主よ来たれ
  力なる主よ来たり、悪を鎮め給え
  おおわが主、願わくは
  来たりませ、おおわが主、ア−メン


聖歌 第一部 36番「主よ来たりませ」

 この歌は韓国キリスト教会の讃美歌です。
 作曲者は、韓国キリスト教音楽の父といわれている朴在勲(パク・チェフン)牧師です。

 「主よ来たりませ」はアラム語で「マラナ・タ(Maranatha)」といい、「コリント人への第一の手紙 第16章22節」に出てくる言葉です。
 口語訳聖書と新共同訳聖書では、原語併記で「マラナ・タ(われらの主よ、きたりませ)」と訳されています。

 ギリシャ語の古典語辞書によると、「マラナ・タ」は主イエスの再臨を切実に思慕する初代キリスト教会の信徒たちの信仰と願いが込められた祈りの言葉でした。
 主イエスに「来てください」と祈ることが、教会の信仰の中心だったのです。
 その信仰から生まれた祈りが「マラナ・タ(われらの主よ、きたりませ)」なのです。

 またこの言葉は初代キリスト教会のあいさつの言葉でもあったそうで、日常生活の中で使われていたようです。
 「主よ、きたりませ(マラナ・タ)」とあいさつを交わし、迫害の中にいる自分たちを互いに励まし合いながら信仰を確認していたそうです。

 聖歌36番「主よ来たりませ」はそんなキリスト教信徒たちの、主の再臨と救いを願う切実な祈りと、純粋で一途な信仰を感じることができる歌なのではないでしょうか。






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